呼吸困難

病気は多いですが、前向きに生きていきます。目下の課題は重症喘息のコントロールです。

入院4日目〜呼吸リハビリ、母の葬儀を考える

酸素2ℓだと、サーチが95%とれるようになったので、酸素が1リットルになった。
トイレ歩行も自力で行って良いことになった。
この時酸素チューブを酸素ボンベに付け替えてストッパーを捻る。
移動時は酸素は2ℓのままだ。


入院2日目から、理学療法士による「呼吸リハビリテーション」が入っていた。
肺活量のテストをしたら、普通の人の半分とのこと。病気だからなのか、実は普段からそうだったのかはわからない。
もう何年も同じステロイドの吸入をしているのだからどうかと思ったが、吸入の仕方の指導も受けた。初日はこんな感じだった。


入院3日目は朝から叔父の葬儀の手配で忙しいのと疲弊して、リハビリを断った。
「午後はどうですか?」「無理です。明日2日分やりますから」
これで引き下がってくれた。
後にわかったが、入院費の中で、リハビリの加算がべらぼうに高い。
そりゃあしつこく介入してくるのも納得である。
ただ、値段の割に大したことしていないような気がしないでもないが、2人の理学療法士さんが関わってくれて、気持ちを聞いてくれたりしたので、プラスマイナスゼロとしよう。


入院4日目、リハビリ室まで付き添い歩行で行くことになった。
入院前まで普通に生活していたはずだが、長距離を歩くのが怖い。
また苦しくなるんじゃないかと不安が勝った。
だが、歩かないわけにはいかないので、リハビリ室まで行ってみた。
たった4日のベッド上生活で、歩行にふらつきがあるし、息苦しい。
酸素をしていたから気づかなかったが、今まで高山の薄い空気の中で生活していたようなものか。


入院4日目のリハビリは、立位保持と姿勢から始まった。
私は幼少期から猫背だが、椎間板が消失したあたりから、かなり猫背が進んだようだ。
猫背じゃなくても前屈みになりがちである。その方が楽なのだ。
椅子に座ったら、足首の曲げ伸ばし、膝の曲げ伸ばしをした。
ここまでで30分経ったので終了である。
リハビリそのものより部屋とリハビリ室の行き帰りの方がよほど負荷がかかった。
帰室後、夫が持ってきてくれた自分の機械でサーチを測ると92%だった。
サーチつまりサーチュレーション(酸素飽和度)は、正常値が95%以上が正常とされているが、1%下がっただけで、格段に呼吸に響く。
不勉強で申し訳ないが、理屈はわからない。
老人病院に勤めていた時は、94%あればOKだった。これが92〜93%になると、医師に確認をせずとも酸素を開始する。
それくらいデリケートな数値である。
私は85%前後で夫と娘に知らせていて、かなり苦しく意識も薄れた。
娘は酸素5ℓでも82%になったという。
そのまま下がればあの世へ行くことになる。


体を休めて静かにしていたら、94%まで上がった。ここで昼食が来た。
午後14時頃本当に理学療法士さんが来た。
「昨日2日分やると言ったので」
とのこと。絶対加算のせいだと思うが。
午後のリハビリは、立位で椅子の背もたれにつかまり、足踏みをした。
あとは両手を上に上げて伸びをする。
その都度サーチを測っていた。特に下がってはいなかった。


それより問題は酸素流量。
ボンベは移動時のみで2ℓでベッド上では1ℓとなる。途端に息苦しくなる。
最初は気持ちの問題かと思った。
だが、リハビリのために長距離歩行すると、たとえ94〜95%あっても息苦しい。
後々知ったが、サーチが全てではないとネットに載っている論文に書いてあった。
私は労作時に発作を起こしている。
どう考えても喘息の重積発作ではない、間質性肺炎の急性増悪にピッタリ当てはまる。


夕食は18時。
それまで3時間もあるのだから暇を持て余しそうなものだが、私には考えなければいけないことがあった。
母の葬儀だ。
前にも書いたが、母の親戚はうるさいし、ある宗教の信者が多い。
なので坊さんを呼ばなければ、戒名もつけない。
それは安上がりで助かるが、その宗教のしきたりに沿わなければならないので、面倒だ。
母の妹つまり叔母は幹部であるから、人の家の葬式にまで首を突っ込む。
「姉さんの葬儀の打ち合わせには、私も入るから」
と言われたことがあり、断った。
だがその宗教の墓には信者ではない父が入っている。
父と同じ墓に入れないわけにはいかない。
必然として、叔母は必ず介入する。


15時から深夜まで考えたのは「小さなお葬式」で一日葬をすること。
夫の父もそのようにした。
一日葬は非常に楽だった。
現役世代ならともかく、年寄りなど友人知人、親類縁者は亡くなっている人が多い。
義母は葬儀は割り切っていて、小さなお葬式の下から2番目のランクにした。
参加者は私たち家族3人と義母、義弟の5人。
ただし坊さん代と戒名は別途料金がかかる。
義父は末っ子だったから、全員親類は亡くなっている。
軽い読経の後、遺体とは別に、私たち5人で自家用車で火葬場に向かった。
火葬場でも個室はとらず、ロビーで待機だ。
焼き上がったお骨を拾うのは人数が少ないので時間がかかるかと思ったが、逆に早かった。
5人で黙々と骨壷に骨をパッパと入れる。
これが人数が多いと、入れ替わり立ち替わりいちいち神妙に骨壷に納めるので、時間がかかるんだと思った。
骨壷にお骨を納め終わったら扉が開き、そのまま駐車場となる。
ものの半日で葬儀終了だ。


通夜をしないのは楽だ。
母方の親族は、未解決の相続問題を抱えているので、通夜の席で必ず喧嘩が勃発する。
父の葬儀でも酒が入ると言い争いになる。やめて欲しい。
そのくせ全員集まろうとするから不思議だ。
そして疲弊しきった遺族はお酌して酔っ払いの相手をして回る。
私の病気はたとえ喘息の重積発作だろうが間質性肺炎だろうが、悪化はしても良くはならない。
そんな負荷のかかる労働などできない。


叔母に電話した。
多少オーバーにゼイゼイさせながら「小さなお葬式」で執り行いたいと頼んだ。
母方では立派な葬祭場で行うのが慣例だ。
そんなことをしたら、予算がいくらあっても足りない。
父の時で懲りた。
病気の私が頼んだせいか、叔母は承諾してくれた。
その代わり母の親類は全員呼び、その宗教の偉い人に読経をしてもらうことを約束させられた。
それを夫に話したら「よかったあ〜」とほっとしていた。
長年の懸念事項で、私たちは時々母の葬儀の話をしては、ため息をついていた。
義父と同じ葬式だと、どう考えても怒り出す人がいるから、ワンランク上げた。
計画したのは以下の通り。


[小さな一日葬]
会員なので葬儀306900+(枕花+献花+送迎バス…オプション)=39万円。で、あとは火葬場の部屋と弁当=火葬場の部屋23000円=413000円+弁当代=約45万円(火葬場の部屋と弁当は、斎場に依頼)参加人数16名予定


これを父の時のように執り行ったら、140万円を超える。
散々迷ったが、湯灌は辞めた。
湯灌だけで66000円。これを省くと着物は病院のパジャマの上からかけるだけになる。
首元が剥き出しだと、パジャマが見えるから、枕花をプラスして、隠そうと思った。
火葬場に各々の車で行ってくれれば、44000円の節約になるが、さすがに怒られる。
あと火葬場では個室をとり、弁当をつける必要がある。
これが煉にねった母の葬儀案である。
父方の親戚には、叔父の葬儀の時やりとりした従兄弟にネットで知らせてもらうよう頼んでおいた。
お花と弔電は、お気持ちだけいただく。
花は祭壇に最初から飾られるように料金に入っている。


こういう割り切り方をすると、どこかの知らない親父で「罰当たりな!」と怒ってくる人がいるが、今は一日葬が浸透したおかげで、文句を言う人も少なくなった。
では私の心情はどうか。
私は幼少期から思春期まで母に虐待されている。
結婚したら過干渉で、3年前まで同居してきた。
親孝行は生きている間、存分にしたし、豪華な葬儀をあげることが故人への弔いになるかは考え方次第だろう。
葬儀は故人のためというより、親族、知人友人のもてなしだと思う。
親族には料理を振る舞って宴会をしない代わりに、一日で完結する時短をサービスと捉えていただく。


前回のブログで「次はエンディングノートについて書く」と記した。
しかし、最も急務な優先事項は母の葬儀だ。
これもエンディングノートに含まれることだ。

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